1890年ごろ「天下の守口」と評された守口が『北河内郡の貧弱農村』とまで言われるようになった原因はなに?【もりぐちクイズ】

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Q.1890年ごろ「天下の守口」と呼ばれていた守口が『北河内郡の貧弱農村』とまで言われるようになった原因はなにでしょう

a.京阪電車の開通
b.廃藩置県の影響
c.琵琶湖疏水ができた結果
d.宿駅制度の廃止



クイズ-2201111
(特に関係ない守口市駅前)

さて、1890年ごろ「天下の守口」と呼ばれていた守口が『北河内郡の貧弱農村』とまで言われるようになった原因はなになんでしょうか?












正解は
d宿駅制度の廃止でした!

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(文禄堤についての説明)

ソースは守口図書館にあった「守口及び周辺の歴史(岸田護 著)」という本。
それのP123あたり宿駅制度あたりについて言及がありました。

かつて文禄堤にあった宿場町「守口宿」ですが、宿駅制度の廃止に伴い、宿場町を中心に栄えていた『天下の守口』は衰退。

川向かいに国鉄の東海道線が開通したことや、元々大阪城からみて鬼門の方向であったことなどの要因もあり、通行人などで潤っていた宿場町が廃れていき住民は移住するなどした結果、農家だけが残ったそうです。

その農家は農家で、綿花などを栽培していたようですが、関税が撤廃され安くて品質の良い洋綿が入ってきて、工場の近代化にも伴い農家自体も衰退。結果として『北河内郡の貧弱農村』とまで言われるようになったそうです。

そんな衰退する守口を救った1つの要因は……1910年の京阪電車の開通だったんだとか。それにより賑わいが蘇った守口市。鬼門ということで開発が進んでいなかった周辺ですが、そこも現パナソニックの進出により開発が進むことになり……うーんサクセスストーリー。

そして今は「宇宙の守口」と呼ばれるようになったわけです(ない)。

ライター:すどん すどん

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